■ 長岡仏壇のあゆみ ↑TOP


 285年くらい前
現在の長岡市表町で関音四郎という人が仏壇づくりを始めたと言われています。

 150年くらい前
長岡市を中心にした地域 Eの寺院、神社の建立に全国各地から「宮大工」「仏師」「彫刻師」「塗師」が集まりました。冬期間の内職として仏壇づくりを手がけたのが始まりです。

 165年くらい前
多くの家に仏壇が置かれるようになり、仏壇づくりがさかんになりました。

 15年くらい前
昭和55年10月 通産大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。


■ 長岡仏壇がさかんになったわけ ↑TOP

 長岡地方の山地で、原料のケヤキが手に入りました。

 長岡市は高温多湿の気候で漆の乾燥に適していました。

 長岡市は昔から交通の便がよく、原料や製品の輸送に適した地域でした。

 ねばり強い越後人の性格で、長い冬の間、家の中でじっくりと技法の向上や研究に取り組むことができました。


■ 長岡仏壇の原料 ↑TOP


 木地・・・・・・・・・・姫小松、ホオ、ケヤキ、ヒノキ、ヒバなど。

 金具・・・・・・・・・・銅、真ちゅう

 塗り、まき絵 ・・・天然漆、金箔

 その他・・・・・・・・和紙、胡粉、金銀粉、顔料、にかわなど。


■ 長岡仏壇のできるまで ↑TOP


 木地づくり

 彫刻

 塗装

 まき絵

 金箔おし

 金具づくり

 組み立て

 完成


■ 長岡仏壇の課題と努力 ↑TOP


 原材料が手に入りにくくなりました。そのため、木材や漆などを外国から輸入しています。

 後継者が不足しています。そのため、若い人が伝統工芸士の試験を受験できるように、研修会などを開催しています。