■ 三条仏壇のあゆみ ↑TOP


 300年くらい前
東別院の建立のとき、京都からの宮大工、指物師、塗師、金具師の指導のもとに三条の職人が多数参加しました。このころから、仏壇の製造が開始されたと言われています。

 95年くらい前
1899年の「工業県税納者調」には、「仏壇職」「仏壇商」「金具職」「塗物職」として、多くの人名があげられています。古くから三条の地域で仏壇の製造がさかんに行われていたことを示しています。

 15年くらい前
昭和55年10月 通産大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。生産地域は三条市、燕市、巻町、分水町、吉田町、岩室村です。


■ 三条仏壇がさかんになったわけ ↑TOP


東別院を中心とした浄土真宗の広まりとともに、仏壇づくりがさかんになりました。

信濃川が流れており、交通の便がよく、原材料や製品の輸送につごうがよかったからです。

金物職人の町であったため、仏壇づくりに必要な道具類が集めやすかったからです。


■ 長岡仏壇の原料を参考にすると ↑TOP


 木地・・・・・・姫小松、ホオ、ケヤキ、ヒノキ、ヒバなど。

 金具・・・・・・銅、真ちゅう

 塗り、まき絵・・天然漆、金箔

 その他・・・・・和紙、胡粉、金銀粉、顔料、にかわなど。


■ 長岡仏壇のできるまでを参考にすると ↑TOP


 木地づくり

 彫刻

 塗装

 まき絵

 金箔おし

 金具づくり

 組み立て

 完成


■ 三条仏壇の課題と努力 ↑TOP


 後継者を育てるのに苦労しています。

 働く環境を整備し、また、賃金を安定させるよう努力しています。