■ 小千谷縮 のあゆみ ↑TOP


 1200年くらい前
縮の技術のもとになった「越後上布 」が作られ始めました。

 340年くらい前(江戸時代の中頃)
より糸を使って布に「しぼ(ちぢみともいう)」という小さなしわを作る方法が考え出され、越後上布にちぢみを付けた「小千谷縮」が誕生しました。
(1661〜1672年ころ)

 100年くらい前(明治〜大正時代)
原料を紡績糸に変えた小千谷縮も作られ始めました。

 60年くらい前(昭和10年代)
戦争によって、ぜいたく品だとして生産が制限されました。

 45年くらい前
昭和25年、小千谷織物同業協同組合がつくられ、商品化が進められました。


 40年くらい前
昭和30年、昔ながらの原料と作り方をする越後上布としての小千谷縮は、国の重要無形文化財に指定されました。

 20年くらい前
昭和50年9月、原料糸に紡績糸を使った小千谷縮が通産省から伝統的工芸品に指定されました。


■ 小千谷縮がさかんになったわけ ↑TOP

 冬のしめった空気が機織りに適していました。(糸が切れにくくなります。)

 雪がたくさん降るため、布を雪でさらすことができました。
 古い時代から越後上布を作り続けてきた織物の技術がありました。

 江戸時代に、より糸を使ってしぼをだす技法が考案され、小千谷にも伝えられました。

 しぼのある麻織物のさわやかなはだざわりは、武士やお金持ちの夏衣料として人気がありました。

 雪が多く降る冬の間、機織りは収入を得るための数少ない仕事でした。

 当時の小千谷は交通の便がよく、原料や製品の輸送が便利でした。


■ 小千谷縮の原料 ↑TOP

 縮は、麻織物なので麻糸が原料ですが、次のような条件があります。
原料の麻は、国産の苧麻(「からむし」とも いう。)の糸であること。紡績糸でもよい。

 現在は苧麻の生産がとても少ないため、フィリピンなどから輸入したラミー麻の紡績糸を使ってもよいことになっています。


■ 小千谷縮のできるまで ↑TOP

 図案・設計
かすり模様のデザインなどを決めます。

● 1 撚糸
地のたて糸、かすり模様のたて糸・横糸ごとに糸をより合わせます。(紡績機を使用)

● 2 強撚糸
地の横糸には、しぼ Eを出すための強いよりをかけます。(紡績機を使用)

 染色
糸のよごれを落とし、図案の色になるよう染料で染めます。

 かすり作り
かすりのたて糸と横糸に印を付け、手くくり手すり込みなどの技法で図案通りの模様が出てくるように色を付けたり、調整したりします。

 機巻き
図案に合わせて、それぞれのたて糸と横糸の位置を正しながら固く巻き上げていきます。

 機織り
たてのかすりと横のかすり模様をていねいに合わせて織り上げます。「出ばた」でも行われます。

 湯もみ
布にしぼを出すため、お湯の中で手でもみます。

 雪さらし
布を雪にさらし、オゾンのはたらきで漂白して、白地とかすり模様を美しくします。

 仕上げ
よごれを落としたり、布巾を決められた長さに整えたりしてから巻き上げます。

 検査
組合の検査員が品質をきびしく調べます。

 完成
合格したものに証票がはられて小千谷縮の製品となります。


■ 小千谷縮の課題と努力 ↑TOP

● 課題

 生活様式が変化し、着物を着ることが少なくなったことと、比較的高価なことなどから生産が増えていきません。

 本来の原料である苧麻糸が手に入りにくくなっているため、輸入した麻糸を使わなければなりません。

 製品を買う問屋が、産地から遠い東京や関西方面にかたよっています。

 韓国や中国から、安い輸入品が大量に入ってくるようになりました。

 技術を受けつぐ若い人が少なくなっています。

● 努力

 協同組合を作って、製品を検査したり、品質を高めたりするための研究や新製品の開発を行っています。また、人材の育成にも取り組んでいます。

 伝統的な模様や色合いを守りながらも、現代の生活に合った図案やデザインを工夫しています。

 縮を使った洋服、ネクタイ、日用小物を開発したり、展示会を行ったりして縮のよさを宣伝しています。

 総合産業会館「サンプラザ」の中で織物の紹介や製品の販売などを行っています。